2022年の振り返り

2022年もいよいよ終わろうとしているので振り返りの記事を書くけど、2022年は前半と後半で動き方が大きく変わった1年となったと思う。松本君と奥村君が辞めるまでの前半と認証機関BMトラダ・ジャパンさんの案件対応が始まった後半で本当に動き方が違う。順を追って振り返ってみようと思う。

常若三重REBORN PROGRAMへの参加

2021年の秋頃から2022年の2月に向けて三重県主催のピッチイベントに参加をしていた。ピッチした内容はSES事業だけど、実際に自分自身でSESを事業化しようなんてつもりはさらさらない。私は技術者だからな。

営業担当の雇用

1月の半ばに、営業事務として一時期雇用していた南さんが採用応募に乗っかってきたのを覚えている。この時期はマッチング媒体を多数契約して、我武者羅に営業活動をしていた時期だ。なので、その営業活動の負荷を抑えようと思って南さんを雇用したのだが、自分自身以外で営業しても、そう簡単に案件の受注にはつながらなかった。唯一案件受注につなげてくれた案件も今年の秋にとん挫した形だ。営業は、自分で真心こめてやるべきだということを学んだ。

マッチング媒体は、比較ビズ、発注ナビ、AUBAの3つを利用していたけど、実際に案件に繋がったのは発注ナビが殆どだたので、今年の発注ナビの続投へとつながっている。発注ナビも実際に営業活動を続けてみて思うのは、そう簡単に案件が決まるようなことはないけれど、案件の単価はそこそこの金額になることが多いので、その流れで受注に繋げていきたいと思う。

ディープラーニングの勉強

2022年の冬には、ゼロから作るディープラーニングという書籍を読んでいたのも覚えている。機械学習について学んでおいた方が良いかもしれないと思ったので、少しかじってみたけど、実際に勉強してみると、それが面白いとは感じられなかった。機械学習のモデルを作って実際に正しい判断ができるところまで持って行くまでの敷居が高すぎて、そう簡単には入っていけない領域なのだなと実感した。

年度末需要への対応

それまでに締まっていなかった案件が一気に締まる形になって、3月は単月の売上が600万円を超えていた。今年の3月も既に案件がいっぱいなので、かなりヒートアップしそうな雰囲気ではあるけど、これは毎年のことかもしれない。

春から夏にかけての雇用人数は5名

松本君、松井さん、奥村君、坂上君、南さんと5名を雇用して会社を運営していた。松本君と松井さんは実績があったのでよかったものの、阪上君は知り合いの制作会社の仕事を任せたところ、業務遂行がままならず、追い込むようなことになってしまった。奥村君は新人ながらに良く仕事ができる人だった。最終的には、6月末で雇用契約を終了して、名古屋にある知り合いの制作会社に入ることになった。奥村君に関しては仕事が良くできる人だったので、少しもったいないことをしたかなって思うところもあった。彼は在籍していた半年強の時間でウェブ制作やウェブシステム開発に関する学習書籍をたくさん読んでもらったこともあった。新人の立ち上がり時には、やっぱりインプットは非常に大事だよねってことで落ち着いている。

松本君の脱退

松本君は、元うちの会社の役員だ。役員ではあったけど、役員らしい動き方はできていなかったけどね。

名古屋市立大学さん向けに保育園業務記録システムの開発が松本君の最後の仕事だったけど、開発環境として、バックエンドに開発言語としてはRustを採用、AWS Lambda上にAPIを構築していった。フロントエンドは Next.js だった。モダンな開発環境の経験を積むだけ積んで、そのまま去って行った。その後、Rust を触ろうと思ったけど、環境が動かせないということもあって、諦めてLaravelで作り直すということになったけど、実際に名古屋市立大学さんの案件はLaravelで作り直して無事に納まった。

名古屋市立大学さんのシステム開発にしても、私が独力で構築するのにかかった時間は1か月以内だったけど、松本君がモダンな環境で作るのにかかった時間は3か月を超えていた。そんな生産性だったので、減給したのだが、それがトリガーとなって、そのまま脱退する流れとなった。会社は大変な時期だったけど、結局助けてはくれなかったので、それでよかったと思っている。今も元気にしているだろうか。

4月から5月にかけて名古屋の駅ビルでSES

名駅にある上場企業でSESを2か月間だけ経験した。開発環境はNuxtJSだったので、良い経験が積めたと思う。フロントエンドの開発自体は松本君や松井さんに任せきりになっていた部分だけど、この頃から自分自身での作業を徐々に復活させていたので、少しずつキャッチアップを進めてこれていると思う。

なお、名古屋に2か月間通ったということもあって、6月に入ってから異様に腰が痛いということで、病院で見てもらったらヘルニアと診断された。それ以来、微妙な腰の痛みとは付き合いながら生活している。

秋口から食品衛生プラットフォーム開発が本番になった

モノづくり補助金が採択されたこともあって、食品衛生管理プラットフォーム開発が本番ということで、私自身もかなりの工数を割いてシステムの設計と実装を行っていた。約3か月間秋口から現在までの4か月間ほどをかけて、システムも随分と完成度が高まってきたと思っている。アジャイル開発の真髄である。

11月から再度SESへ

マッチングに参加している企業に向けて営業メールを送ったところ、SESの斡旋を受けることができた。今回のSESに関しては、人月単価80万円で契約できたので、喜んでいたところだ。技術的にもReact with TypeScript による開発が経験できた。UIフレームワークが少し独特のものを使っていたのでその扱いに少し難儀したのだが、2か月間もTypeScriptを書き続けていると流石に慣れてくる。React もキャッチアップが概ね済んだのだが、今後Reactを使うことは恐らくないというところで落ち着いている。私個人としては、Vue.js の方が楽に書けると感じているので、今後も自前で環境を選択できる場合には、Vue.jsかAlpine.jsを選択するという感覚を得ることができた。

発注ナビも10月から再開

9月10月と開発を重ねた結果、BMトラダ・ジャパンさんの案件がひと段落ついたので、営業を再開しなくてはと思って、マッチングの利用を再開した。10月、11月、12月と3か月間利用して、実際にまだ受注には至ってはいないけれども、今現在商談中の案件は割と好感触な状況だ。発注ナビで受注ができなければ、SESの斡旋を受けるだけなので、個人で仕事を受ける分には、仕事に困ることはない。

12月に入ってホームページから問い合わせが届いた

最後になるが、12月に入ってから、ホームページから問い合わせがあって、Laravel案件の商談を現在進めている。予算的には調整しながらになるかもしれないが、こちらの案件も感触は上々だ。実際に仕事になるかどうかはわからないけれど、11月から対応しているSESも1月中はまだ残っているので、そちらを対応しながら、受託案件の提案も平行して進めていこうと思う。

まとめ

まとめると、今年前半までいたメンバーの大部分(松本君、奥村君、南さん)が脱退したことで、自分の時間が持てるようになった。必要以上に営業活動をしなくて良くなったということがあって、気持ち的にはかなり落ち着くことができるようになった。やはり、実際にメンバーを多く雇用して固定費がたくさんかかる状態だと、その固定費を担保するために営業をしなければいけないという感覚に追いかけられるということを経験してきた。実際にチームを解散したことで、自分自身の動き方はマネジャーから技術者へとパラダイムシフトが起きて、大きく過ごし方が変わったと言える。

マネジャーとしての経験はトラウマではあるけれど、良い経験をしたと思っている。会社を回すために借り入れた1500万円を返済するために、早く利益を出さなければいけないと思っているので、2023年はただただ目の前の仕事に丁寧に対応しながら、利益効率が現状で最も良い受託開発の仕事に集中をすることで、利益を順調に伸ばしていこうと考えている。2022年末現在の受注残は1600万円あるので、来年も引き続き案件受注と対応を続けながら、売上と利益を伸ばしていこうと思う。

2023年の新しい取り組みについては、また別の記事で書こうと思う。